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バタフライボード 福島 英彦

Startup Story

サイズが大きく移動が難しいホワイトボードを、薄型マグネットを内蔵することで持ち運び可能にした「バタフライボード」を生み出した、バタフライボード株式会社の福島英彦氏にお話を伺いました。

職人だった親父の背中を追い求め、ものづくりの世界へ―
 父親は大工職人でした。ですから、物心ついたころから親父の現場にちょくちょく出向いて物を作っていた記憶があります。中学のときにはものづくりの世界で生きていこうと決めていたので、ものづくりがすぐ勉強できるところはどこなのかと先生に相談したら、高専というところがあるよと。ただレベルが高いから、お前には無理だとずっと言われてて。そこから必死に勉強して、なんとか高専に入ることができました。
 高専を卒業後は国内の大手電機メーカーに入社し、音響エンジニアとして5年のキャリアを積みました。しかし、オーディオ部門が傍流になっていくことがわかり、外資系オーディオ専業メーカーへの転職を決意しました。
 
エンジニアひとすじだったキャリアの転機となる異動と転職
 2社目の会社は11年勤務し、最初の会社もあわせると、スピーカーひとすじ16年開発に携わってきたことになります。オーディオって原理自体はほとんど変わっていないのだけれども、出てくる音は何をやっても変わる。正解のない世界なので、面白みを感じる毎日でした。
 転機が訪れます。日本でいろいろな製品を開発しすぎたために本国から問題視されてしまって、日本の開発部門の閉鎖を決めました。良い製品を作ってきた自負はありましたが、マーケティング部門への異動辞令を新しいチャンスと思い受け入れました。
 ディスプレイや広告、PRに携わるなか、本社の言うことを忠実に再現していかなきゃいけないというのがグローバルの流れで当然あるなかで、自分の人生これでいいのかと疑問が湧いてきました。でも、そもそも自分は“事業”というものを知らない。ビジネスの上流工程を知らないというのが弱点だと思っていたので、それが学べる会社はどこだろうと考え、新規事業の立ち上げに関わることのできる会社に転職したのが39歳のときです。
 3社目となる会社では海外のスタートアップ企業が日本でビジネスを成功させるための事業開発に携わり、セールス、マーケティング、サプライチェーン、カスタマーサポートなどすべての工程をハンドリングしました。在籍した5年間で、事業がどうしたら失敗し、成功するのかを学びました。
 
40歳過ぎで副業スタート。人生を変えたクラウドファンディング
 3社目の会社にいるときに、ホワイトボードの取り合いがよく起こっていて。ホワイトボードがある部屋が限られているので、使いたいにも関わらず会議室が埋まっているから使えない。安いのを買ってきても、重いし動かせない…もっと打合せがしたいのに、どうしてホワイトボードに縛られてしまうんだろう。そんな疑問を抱きました。
 じゃあもっと軽くて、どこでも使えるものを作ればいいのでは、と考えて。最初は100円ショップや東急ハンズで材料を買い、平日の夜中と週末の時間を使い試作に明け暮れました。2013年、41か42歳のときです。これならいける、というものが完成し、量産してもらえる工場を探しましたが、信用もお金もない個人に対し動いてくれる工場はかんたんには見つからなくて。それでもあきらめずに探し続けていると、面会してくれる工場があらわれました。ところが今度は、製品の構造上量産不可能と一蹴され撃沈。しかしそのときわかったことは、量産性が高い製品であれば量産してくれる可能性はあるということ。構造の見直しを半年以上続け生まれたのが、マグネットでつなげるという発想でした。これは音響エンジニア時代にスピーカーを作る際、マグネットの特性を徹底的に研究していたことが、課題と結びついたのです。そしてこの構造で特許を出願し、2015年にクラウドファンディングではじめてお披露目しました。
 日本ではクラウドファンディング自体がまだはじまったばかりでユーザーさんの規模もまだ小さかったのですが、なんと800人の方が支援してくださって、目標の300万円を集めることができたんです。「自分と同様にホワイトボードの課題を感じている人はいるはず」という仮説はあったものの、お会いしたこともない方々が自分に賛同してくれる。クラウドファンディングの仕組みそのものは理解していましたが、いざ自分でやってみるとものすごく興奮して。クラウドファンディングはこれからの時代のスタンダードになっていく仕組みだと確信しました。
 
Amazonで販売開始、米国のクラウドファンディングにも挑戦
 クラウドファンディングで出資してくれたユーザーさんが、2冊目、3冊目をAmazonで購入してくれ、口コミから販売が加速していって。Amazon の売れ筋ランキングで1位を獲得するまでになりました。クラウドファンディングから一般販売というのは一般的に難しいといわれるのですが、ユーザーさんに助けてもらいました。
 この頃から、商品を販売させてほしいと問屋さんや業者さんから問い合わせをいただくことが増えました。けれどもすべて断っていました。僕はブランドを作りたい。お客さんと近い位置にいないとフィードバックがもらえない。とはいえ、Amazonでの一般販売をはじめたことで作業量が膨大になり、副業という形をとり続けることに難しさも感じ始めました。
 それなら一気に海外に進出して、資金を集めて会社員を辞めようと考えました。やっぱり海外のクラウドファンディングって桁が違うので、日本で300万だったのだから、米国なら3000万、1億くらいいくんじゃないかと。満を持してIndiegogoに挑戦しました。
 グローバル展開と意気込んで全世界に販売したところ、当然ですがインドやカリブ海諸国、南米からも注文が来て。配送や税金面でとにかく苦戦しました…(苦笑)。結果Indiegogoでは500人から500万円を集めることができ、一定の成功は収めることができましたが、この時点では脱サラは叶いませんでした。
 
46歳―。資金面の不安を解消し、家族の理解を得て起業
 副業開始以来計3回のクラウドファンディングを成功させ、あわせて2300万円調達しました。利益ベースで見れば、当時の収入を超えたわけではありませんでしたが、ユーザーのフィードバックを反映させ製品開発をしていけば、なんとか1年は暮らしていける。そう思っていたものの、家族からは「起業は定年後にしてくれ」とピシャリと言われる日々。副業を本業にして生活を守れるという自信はありましたが、確信はありませんでした。しかし、家族は2013年からの副業の様子をすべて目の前で見てくれていて、NHKなどのテレビ番組やラジオ、雑誌、WEBメディアなどさまざまな媒体露出も含めて、これらすべての活動が、私の自信でも確信でもなく家族の理解を得ることにつながり、2017年10月に会社を設立しました。46歳のときです。ふたりの娘は中学生と小学生でした。
 今思うと、会社員をしながら副業をすることは自分にとって非常にプラスでした。若いうちなら良いかもしれませんが、背負うものがたくさんある私にとって、商品の市場性を確認することをリスクの少ない副業でできたのは非常に大きかったです。
 
シンプルなプロダクトだからこそ可能なアジャイル開発
 バタフライボードは、ホワイトボードの市場だけでなく、ノートの市場もとれると思っています。しかも、使う人はある特定の職種だけでなく、教育もあればコンサルティング、病院、と無限にあり、あらゆる業界を串刺しにできると思っています。それと、バタフライボードはぜひ広げて使ってほしいという思いが根本にあります。ホワイトボードの良さは一覧性に優れている点です。今ユーザーさんの大半はノートのように使われていますが、壁や黒板にどんどん貼ってもらいたいですね。
 自分は資金が潤沢にあるわけではないので、大手メーカーのように大量生産していくことはできません。しかし、お客さんといっしょに新たな使い道を探しながら、プロダクトを改良していくことができる。ハードだからハードルは高いけれども、プロダクトがシンプルだからアジャイル開発がしやすいと思っています。
 それとお客さん自身も、単にものに対する対価を払うのではなく、進化の過程を楽しめるものに対価を払ってくれている。バタフライボードはそんな存在だと考えています。
 
オンとオフの切り分けが難しいからこそ、健康には気を使って
 今、自分はオフィスを持っていないので、主に家で仕事をしています。リビングに行っても仕事のことを考えているし、仕事とプライベートを切り離すことってできないんですよね。家族にとってはそれがストレスにもなって…。こういう状況で、いかにバランスをとりながらやっていくか。まだまだ課題ではあるんですけれど。
 起業したときくらいから、スポーツを始めたんです。バトミントンをふたりの娘といっしょにやることで、自分の体と向き合ったり、子供と共通の話題ができました。
 会社を経営すると、仕事のことばっかり考えてしまうので、いかに考えないようにできるかが重要だなと思ってます。副業でやってるときは、頭の切り替えができるんですよ。本業で嫌なことがあっても、今ちょっと考えるのやめようと副業に行ける。副業でうまく行かないときは本業にと、交互に切り替えができたのがよかった。今はそれが本業になってしまったがゆえに、スポーツかなにかやってないと、切り替えができないんですよ。
 寝るときは寝る。食べるときは食べる。食欲も会社員時代より増してて。でも体重は増えてない。人間の生活の原点、みたいなのは大事にしないと、頭が回らなくなるとは思っています。
 
ものづくりのプラットフォーム化を目指して
 試作を始めた当初、妻からは「そんなの売れるわけない」と一蹴される日々でした。妻は今でも納得はしていないかもしれません。けれども、1500日、プロトタイプを作ってからずっと、売れるわけないよと横目で見ながら、こんなに長い間やっている自分に対しようやく理解を示してくれてきている実感もあります。
 この先、これ1本で安定した収入が得られるだろうかという不安は常にあります。万が一、何か月かビジネスが止まっても生き残れるように、手元資金も持っておかないといけない。
 バタフライボードは工場で作っているので、まだ自動化のマシンがあるわけではなく、月に1万冊生産となると工場側が疲弊してしまいます。それを乗り越えるためには、ロボットとかものづくりのテクノロジーをうまく使ってやっていきたいなと。僕みたいなものづくりをしたい人って、世の中にたくさんいると思うんです。ですが、手づくりから脱却して量産できるようなシステムが世の中にまだない。そういうところをプラットフォーム化していくことで、ものづくりのサポートをするのもひとつのビジネスの在り方なのかなと思っています。
 
【福島英彦氏プロフィール】 国内電機メーカー大手で5年、米国オーディオ専業メーカーで11年、通算16年間音響エンジニアとしてスピーカーの開発設計に従事。米国オーディオ専業メーカーではマーケティングも約3年経験。その後海外家電輸入代理店で新規事業開発プロジェクトマネージャーとして約5年従事。その傍らで副業として製品開発、販売を進め、2017年10月にバタフライボード株式会社を設立。
 
【バタフライボード】 薄型マグネットを内蔵した特許技術スナップ・バインディング技術により、大きなホワイトボードを持ち歩けるノートサイズに小型化した新コミュニケーションツール。サイズはA4判、A5判の2種類。“書く、消す、貼る、広げる、共有する”機能を高次元で融合し、いつでもどこでも自由に活用できる。2015年の第1版リリース以来、3度にわたり国内外のクラウドファンディングで資金を調達し、ユーザーからのフィードバックを受けて改良を続けている。

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